僕は、五(ぐ)に張った。

思った事を書いてるだけ

魔王刺し

その昔、Gくんというバイトがいた。

彼は歯がなく、髪もなく、カネもなかった。

その歯はシャブで溶け、髪は刑務所で丸刈りにしてから生えてこなくなったという。

小汚ないおじいちゃんといった見た目だ。

しかしまだ40代前半というのだから、なかなか仕上がっている。

昼は日雇いの土木作業員。

夜はキャバクラでバイト。

稼いだカネは飲んで打って買って溶かす。

そんなGくんは漫喫で寝泊まりをしていた。

「名駅らへんとかテントはってるやん。そこ行ってみたら?」と冗談で言ったことがある。

「そんな、ホームレスじゃないんだから」

と真顔で返された。

そんなGくんと麻雀を打つようになったのは、詰所に自動卓が設置されてからだった。店長が知り合いに譲り受けたらしい。

営業後、従業員で打つのが恒例となった。

僕達にとってかけがえのない癒しだった。

仲間内だからツケもきく。

だからこそ、カネがないGくんでも参加することができた。

しかし、彼のツケは物凄いスピードで溜まり「テンゴでここまで負けるの?」と皆を驚かせた。

歴はそこそこある(らしい)のに、その腕前はド素人。

長考はあたりまえ。チョンボなんかもちょいちょいする。悪すぎる牌効率、シャボ待ち大好き、すぐに鳴き、降りという選択肢はない。

いわゆる、雑魚中の雑魚ーーー。

だが、そんな彼もツキがある時は無双する。

それが、麻雀。つまりはギャンブルだ。

特にGくんのようなタイプにツキが加わればマジできつい。降りないし、悪待ちが多いから待ちがわかりずらい。しかもそれをスパッと上がり打点も付いてくる。

大いに理不尽さを感じさせてくれる。

例えば、素人がよくやるドラだから祝儀あるからって理由の赤単騎を平気でツモったり。

そんな状態に入った彼を僕達は魔王と呼んでいる。

「さすが魔王強いわ」

「やっぱ魔王だわ、なにその引き」

「やっとるねえ魔王!」

それは、ある種のディスりでもある。

つまりけっこうイライラしちゃうわけだ。

なにせ、彼の理不尽な上がりはいろいろと考えてやってる事をバカらしく思わせてくれる。博打とは理不尽なものだが、こうも雑魚に出張られるとイライラするのはリアルな話だ。

しかし、そんな想いは皆を同じ方向へ進ませる。

退治したい。

暴れ狂う暴君を倒したい。

キャン言わせたい。

皆、言葉にはしない。でも互いに伝わっている。

もちろん、そこに打ち合わせなどなにもない。

各々が魔王を刺すべく高打点の手を作り始め、魔王以外の誰かがテンパイしたら見に徹し(魔王振り込め)と心の中で祈る。

ーーただ、やはりノってる魔王は強い。

テンパイ即リー、上がればクソシャボ。ようそんなんで…。

何をやっても正解になる。

魔王が親の確変に入った。

こういう場合、一翻キックでサクッと流すのがセオリーなんてのはわかってる。しかしなかなかどうして魔王に会心の一撃をぶちこんで流したい。

機を待った。魔王を刺す偶機を。

…チャンスは突然訪れた。

魔王の親6本場。

たしか、2段目入ったくらいだったと思う。

僕の対面がノータイムで切った2索に魔王のツモモーションが止まった。

そして、ぬるりと牌を倒した。

「ほら、これ!スッタン!!」

全員が魔王の手牌に釘付けになった。

2333555999s888m

ああ…

すげえ…この順目でスッタンかよ…愛されとる。いやマジで愛されとる。

さすがにこれには引いた。

「えっと、これダブルでいいよね!しやああああ!やったああああ!!」

魔王、ガッツポーズの連打。

ひたすらにはしゃぐ小汚ないおじいちゃん。

憎い。憎いなあ。なにその嬉しそうな顔…。

ん…?

その魔王の捨て牌に違和感があった。

2順前に魔王は1索を切っていた。

つまり、2333555999s888mは1・2・4索待ち。

フリテンやん

「え…?」

「ほら、23.33で1.4でもいけるやん」

「え…?」

あまりの衝撃にまったく理解できない魔王。

そして気付いて渾身の「あ…!」

おそらく、興奮してて見落としていたんだろう。さすがだ。

「そういうとこだぞ、罰符2000オールね」

※これは魔王独自の罰符ルールでチョンボが多い彼の為にあえて安くしている。そして、チョンボする度に仕切り直すのが面倒なので魔王はアガリ放棄でツモ切り続行となる。

魔王自爆。

彼はツモ切りするだけの木偶となった。

まさに好機到来。

ここだ、ここで刺す。

皆の眼がギラギラしていた。

僕の手は筒子の染五郎あと2枚。張ればタテチンもろもろで倍程度はある。

対面はブリブリの国士か。すでに么九が溢れていた。

下家は縦に伸ばしているのか、あまり入ってなさそうな雰囲気。まあよくわからない。

あーあーあーと言いながらツモ切りする木偶こと魔王。

刺せ、誰か魔王を刺せ。

僕はずっとそう祈っていた。

なにせ、筒子がどうしても拾えない。

対面が静かに打9筒。それは、僕に対して脂ギッシュな牌。ここで察した。それは僕へのメッセージだと。

(ラジャくんこれを通してくれ。俺が獲るから…)

(いや、まだ張ってないのよ)

しかしこれで魔王を倒すロンギヌスが対面から放たれた。

僕は中を引いた。それは生牌だった。

ノータイムで9筒を落とした。

それは対面へのアンサー。

(あとは任せた、必ず獲れよ…)

僕は降りた。

そして、魔王が1索を切った瞬間だった。

ーーーっロンギヌス。

対面の国士が炸裂。

魔王「ぎやああ!!マジかあ!!あーあーあー…」

僕は無意識に叫んでいた。

「っナイスうううう!!!」

「32000ね。サ(3)ニ(2)ー。」

サニー(爆)

そのやりとりに場は沸騰した。

言い出しっぺは魔王だった。

魔「サニーってゴッドファーザーの?」

対「いやそれソニー」

魔「ポンキッキの?」

対「いやそれコニー」

魔「アピタとかの?」

対「は?なにそれ」

魔「ユニー」

対「32000、はよちょうだい」

魔「サニーな」

対「そういうとこだぞ笑」

それから魔王のツキは一気に落ちた。

やけに目立つポンチーはすでに手が入らなくなっていた証拠だった。後の4半荘魔王は全ラスに沈んだ。そしてツケ帳にきっちりマイナスを刻んで漫喫へと帰っていった。

それから数日後、詰所で麻雀を打っている事がキャストのチンコロでオーナーにバレ、自動卓は即日撤去となり僕達の癒しは消えてなくなってしまった。

ついでに、どさくさに紛れてツケ帳もどこかへ消えた。

どこを探しても見つからず、誰も内容をちゃんと覚えていなかった為ツケは白紙となった。

まあ、そんなもんだ。誰も本気で稼ごうだなんて1ミリも考えていなかっただろうから。

ただただ、楽しかった。それでいい。

後日、Gくんにツケが白紙になった事を話すと彼は笑いながら言った。

「僕、勝ってましたよね?」

「そういうとこだぞ」